『たのしいおんどく』 其の三 糸井重里編
広澤寺(山口)本堂作業日誌(露盤据付け)
『コンプリートGT‐R』ガンバレ甥っ子!!」
オヤジの全国大会2001(オヤジの花道再起編)
オヤジの全国大会2001(悪戦苦闘編)
オヤジの全国大会2001(井ノ中ノ蛙編)
オヤジの全国大会2001(回想編)
2008年12月 1日 『たのしいおんどく』 其の三 糸井重里編

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「ぼくは いまから」       糸井重里

 

ぼくは いまから あきに あるという うんどうかいのことを かんがえて どきどきしてしまう

ぼくは はしるのが おそい いつもびりか びりから2ばん

うんどうかいは すきじゃない どうすれば びりにならないか だれもおしえてくれない

いっしょうけんめいに はしれば いいんだよって みんながいう

でもね ちょっとね 

ぼくは いまから うんどうかいのことが しんぱいでしょうがない

                     『おめでとうのいちねんせい』(小学館)より

 

おとなの音読編(R45)

「天使たちの場所」       糸井重里

背中に細い腕をまわし 胸で泣けるなら 忘れられるさ 何もかもが

つらい想いにgood-bye

酔っているのはお前にさ やさしい まなざしに

時計がにじむ 二人だけの夜は流れる

昔こうして 見つめあい 同じ夢を追いかけた ひとりだけの寒い夜を どれほど数えた

酔っているのはお前にさ やさしい まなざしに

言葉は後で 探すけれど このまま 抱いていたい

                    1979 矢沢永吉『キス・ミー・プリーズ』より

 

 

 

 

2008年11月29日 広澤寺(山口)本堂作業日誌(露盤据付け)

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露盤を据えた状態です。

かなりな重量のため、苦労して組み立てました。

4個は銅線緊結していますが、内部が空洞のため、台風や地震のズレを考えた結果、

露盤の内部にセメントを混ぜた漆喰を流し込み、固定しました。

 

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漆喰の乾燥を考えながら、ゆっくり積み上がります。

 

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これで完了です。

この状態で露盤様に100年位はじっと鎮座していただかなくてはなりません。

下で仮組みした時は、大きすぎる感じでした(一辺が三尺(90センチ)あります)が、据えてみると丁度良い大きさに納まりました。

2008年11月25日 『コンプリートGT‐R』ガンバレ甥っ子!!」

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先日、横浜アリーナであった30人31脚全国大会に、横浜にいる甥っ子が応援に来ていました。21歳になりますが、地元の工業高校を卒業して日産自動車に就職して3年になります。

応援しながらいろんな事を話しました。今、工場でどういった仕事をしているのかと訊いたら、なんとあのGTRのエンジンを担当しているとの事。

40代後半から上のオヤジ世代には、箱スカ、ケンメリのあのGT-Rデスヨ、それを聞いて少し羨ましくなりました。

今の若い人はあまり、車やバイクには興味が無いらしく、免許すら持っていないのがめずらしくない世代だとか。私たちが普通免許を取得した25年以上前は、学校に内緒で試験場に行く位、車やバイクには興味があったもんですが?。(今でもナナハンに乗っている位ですから)。

工場は交替制のため、あの日も日曜日でしたが、夜から仕事と言っていました。

私も二十歳位から12年間、福岡で暮らしましたが、一人暮らしして実感するのは、親のありがたさです。こんな大都会に一人、就職で上京して来て暮らすのは大変な事と思います。

しかし、それを乗り越えた先にはきっと無限の可能性が待っているとオジサンは確信していますヨ。

落ち込んだり、へこんだりしたら、あの日の応援団みたいに自分にエールを送れば元気が出るでしょう。

『三会小チャチャチャ!三会小チャチャチャ!!』 ガンバレ甥っ子~~!!。

オヤジの全国大会2001(オヤジの花道再起編)

昨日の疲れと、焦燥感をひきずったまま、2日目スタート。

回りの殺気だった気迫に押され、それに飲み込まれまいと必死で応戦、終盤の仕上げの頃には、指が痙攣し出して半分パニック(汗)、もう周りの視線も話し声も耳に入らず、わずかな気力と少し残った意地で制限時間目一杯使って試合終了、そのまま放心状態・・・。

長崎から応援に来ていた組合御一行様も、いつの間にか消えていました。

ナレーション

(田口トモロヌ風に「そして誰もいなくなった・・・・・。」)

 

後日談で飛行機の時間に間に合わなかったとの事でしたが、思うに気を利かして帰ってくれたんだと思います。(違う理由だったりして(汗))。

エンディングのテーマソングは中島みゆきの「♪ヘッドライト テールライト♪」で御願いします!。

 

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結果は、20名中4位入賞はしましたが体も心もボロボロになりました。

東京四谷の長崎県会館に戻り、自分の甘さと納得いかない結果に心で涙し、酔えない酒で自分をごまかし、反省した東京の3月の夜でした。

翌日、今日の様に、夜の羽田を後に長崎空港まで飛び、島鉄の三会の無人駅で下り、不本意な賞状を土産に立ち尽くす父を家内と一緒に迎えに来たのはまだ4歳だった長女でした。

(小さい頃はたまにしか、家に帰らないため、よく泣かれましたが。)

その長女の学年のチームが違う形でその夢を見事成し遂げた訳です。

日本一になるという事の意味を身をもって体験した父には感慨深いものがあります。

横浜アリーナでの子供たちの小さな背中が一試合ごとに大きくなっていくのがわかりました。

今では、子供に教えられる事が多々あります。今の自分の体力と技能があの頃より向上しているのであれば、もう1回幕張で挑戦してみたいと思いますが、それにはまず先に、酒を絶ち、筋トレのウェイトを増やし、欲深い煩悩を振り払う必要があります(まだ凝りとらんな~)。

そんな甘い事を考えていたら島鉄バスがロンナー前に到着しました。(やっぱ、ヤメトコ!)。

『お疲れサッシタ~!!』

 

                         完

 

 

 

 

 

 

オヤジの全国大会2001(悪戦苦闘編)

 

平成13年3月2日、幕張メッセ国際展示場。

オヤジのプロジェクトⅩ2001、テーマは『輝け!見栄っ子、メタ坊キッズ!!』(今命名)。

(BGMは中島みゆきの♪「地上の星」♪)。

がしか~し、そう甘く事が進む筈がありません。

前の日、先に着いた道具を開け確認、架台の回りにセット、全国から集まった選手の様子を見ながらの開会式、2日間の七転八倒の大会が始まりました(汗)。

 

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立ち上がりリハーサルどうりのスムーズな試合展開、難なく中盤までこぎつけ、棟に進むかにみえたその頃、何かオカシイ?、ナニが?、回りが。

いつの間にか増えたギャラリーが一人の手元に注目しているワケです(汗汗)。それでもまだ、余裕カマして呑気に鏨を入れて流れを保とうと必死です。

がしか~し、そんな状況も長くは続かず、回りの選手のスピードに少しずつペースを乱され、一日目の終了間際には時間配分にかなりな遅れが出てきました。

そのまま1日目終了、夜、ホテルに戻って寝ようにも寝れず、寝不足のまま、2日目スタート!。

                                             次号に続く。

 

オヤジの全国大会2001(井ノ中ノ蛙編)

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2001年も明け、対馬の厳原の現場から帰って間もない頃、そろそろ練習しようと思い、練習用の架台を近くの大工さんから作ってもらい、使い慣れない練習用の瓦を買い、郵便で来た競技課題に少し不安になりながらも、呑気に練習しだしたわけです。

課題自体は、例年に比べわりと簡単な屋根に見え、作業時間も練習に比例して短くなっていき、何の心配も無い様に感じられました。

がしか~し、それが大きな失敗の始まりでした。

練習も最終段階に入り、時間配分と仕上がり、道具のチェックと準備はバッチリ!、長崎県庁でグランプリに出場する他の職種の選手と一緒に壮行会を開いてもらい、道具を宅急便で送り、意気揚々と長崎空港から羽田目指して飛んだワケであります。(気分は村田英雄の「王将」♪明日は東京へ出て行くからは~・・・・・♪)。

GP5jpg.jpg幕張メッセ会場

                                     次号に続く。

 

 

 

オヤジの全国大会2001(回想編)

(前号までのあらすじ)

30人31脚全国大会の帰途、今度はいつ東京に来れるかなと思いながら、前回上京した時の事をふと思い出した父であった。

 

 

グランプリポスター.jpg                                   今はメタボ気味な父もその昔、日本一を目指してこの羽田に降りた日がありました。

技能グランプリという全国大会をご存知でしょうか?。技術系の方なら知っておられると思いますが、中央職業能力開発協会と全国技能士会主催の全国競技大会です。

軽い気持ちで上げた右手に、やがて大変な試練が待ち受けていようとは予想できませんでした。

私の店が所属している長崎県瓦工業組合の要請で今まで出場した事が無かった大会に組合で全面バックアップする体制で支援するとの事、本人もわずかな自信と自惚れで二つ返事、世の中の広さを知らないという事は、すなわち、恐いもの知らずなワケであります。(汗)

                                            次号に続く。

                                                  

 

2008年11月24日 来年1月着工予定「現場打ち合わせ報告書」

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昨日、山口から夕方移動、太宰府泊、朝から佐世保まで高速移動、来年1月着工の現場に打ち合わせと庫裏の雨漏りの調査に行って来ました。
ブログバックナンバー「鬼瓦レスキュー」の現場です。
屋根坪160坪の入母屋、三州産一体型本葺き瓦。年明けから屋根工事の予定です。

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手前に写っている庫裏の谷部分が雨漏りしているとの事で瓦を剥いで見てみたら、どうも瓦の下の土が板金の上にはみ出して水を呼んだ上に瓦釘が貫通した穴に漏水した後あり。

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他に銅板自体が酸化してかなり痛んだ状態、茶色く変色した所がいつも雨に打たれる所です。
ここがいずれ指で押すと、ぽそっと穴が開くほど薄くなります。
後日、補修する事になりました。





2008年11月23日 広澤寺(山口)本堂作業日誌(露盤)

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この現場も最終段階に入ってきました。

屋根の頂上部分に据える露盤を内部で支える支柱です。

 

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最下部の露盤の胴の部分です。

4個を1つに組み合わせて据えます。上の写真の横材に載せる格好に納まる予定です。

 

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こうなった状態に→

 

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覆鉢という鏡餅を載せて→

 

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擦というベアリングみたいなのを載せて→

 

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最後に玉ねぎを載せて完成です。

今までで、最大級の大きさです。

総重量約250kg、これに屋根の頂上で約100年くらい動かずに、じっと座っていただかなくてはならないわけですが、その固定方法を考え中です。(?)

 

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形が似てますが、決してアブナイ家紋ではありません。

2008年11月19日 輝け!三会っ子イエローキッズ
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2008年11月17日 『 絆 』 30人31脚全国大会(横浜アリーナ)

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さて問題です。

問1 『30人31脚2008全国大会』優勝校は?(ヒントナシ)

喉元まで出そうになってますが、テレビ放映が12月6日にあるみたいでそれまで守秘義務がありますので口が裂けても言えません。

12月15日、大村空出発、羽田着、横浜泊。

12月16日(雨)、8時30分横浜アリーナ。

島原の復興アリーナの数倍ありそうなデカイ会場でした。

ここがよく永チャンがライブを演る所かと、田舎者の父親は一人、違う感慨に耽る間に開会式、10時競技開始、全国27都道府県から勝ち上がって来た小学5,6年生で結成したチームの日本一をめざした「ガチンコ勝負」の始まりデス!。

ゲストに、テニスの松岡修造、大沢茜、etc・・・。

会場は、カメラ、ビデオ撮影禁止のためライブ感に欠けますが、子供たちの一生懸命な姿に応援席の全国の父兄もテンションも最高潮に大盛り上がりの大会になりました。

これ以上書くと、最後までいってしまいそうなのでこの辺で止めときます。後はテレビ放映で御覧下さい。

 

三会小学校6年生1、2組の皆さんへ

 

30人31脚全国大会お疲れさんでした。素晴らしい大会になりましたネ!。

君たちの勝負に勝ちに行く一生懸命な姿に、感動し、心打たれ、誇りに感じました。

将来、社会に出て行った時、昨日、横浜で全国の同級生と戦った経験が大きな力になって自分を応援してくれるものと確信しています。

今の時間、飛行機の中でしょうか?

ジェット機の窓から富士山は見えますか?・・・。                                三会小6年生の 「絆」 はみんなの後輩に受け継がれていくと思います。

お父さんやお母さんは最後まで応援できませんでしたがみんなの堂々とした姿に今日からの仕事や家事に大きなパワーをもらいました。

最後に、担任の林田先生、鬼塚先生大変お疲れ様でした。

暑い時期からの練習や周囲からの期待、気苦労は私には想像すら出来ません。

何の力にもなれませんでしたが、ただありがとうございましたとだけ言わさせていただきます。

本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました!!。

 

朝 有明の潮みちて 健児のまなこ輝けり

自主精励の旗のもと 足並みそろえて いざゆかん

三会小学校 光あれ

 

夕べ普賢の雲仰ぎ 高き理想望みつつ

学びの友よ手をとりて 平和と文化の国たてん

三会小学校 光あれ

 

     『三 会 小 学 校 光 あ れ』

                                                                                                                                                                                      

                                   晴れ姿十五枚はぜ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2008年11月15日 広澤寺(山口)本堂作業日誌(隅棟編№2)
 
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2本目に移動、天気が良いのではかどります。

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熨斗積み完了。
後は、鳥衾待ちのため、次の棟に移動です。