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オヤジの全国大会2001(オヤジの花道再起編)

昨日の疲れと、焦燥感をひきずったまま、2日目スタート。

回りの殺気だった気迫に押され、それに飲み込まれまいと必死で応戦、終盤の仕上げの頃には、指が痙攣し出して半分パニック(汗)、もう周りの視線も話し声も耳に入らず、わずかな気力と少し残った意地で制限時間目一杯使って試合終了、そのまま放心状態・・・。

長崎から応援に来ていた組合御一行様も、いつの間にか消えていました。

ナレーション

(田口トモロヌ風に「そして誰もいなくなった・・・・・。」)

後日談で飛行機の時間に間に合わなかったとの事でしたが、思うに気を利かして帰ってくれたんだと思います。(違う理由だったりして(汗))。

エンディングのテーマソングは中島みゆきの「♪ヘッドライト テールライト♪」で御願いします!。

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結果は、20名中4位入賞はしましたが体も心もボロボロになりました。

東京四谷の長崎県会館に戻り、自分の甘さと納得いかない結果に心で涙し、酔えない酒で自分をごまかし、反省した東京の3月の夜でした。

翌日、今日の様に、夜の羽田を後に長崎空港まで飛び、島鉄の三会の無人駅で下り、不本意な賞状を土産に立ち尽くす父を家内と一緒に迎えに来たのはまだ4歳だった長女でした。

(小さい頃はたまにしか、家に帰らないため、よく泣かれましたが。)

その長女の学年のチームが違う形でその夢を見事成し遂げた訳です。

日本一になるという事の意味を身をもって体験した父には感慨深いものがあります。

横浜アリーナでの子供たちの小さな背中が一試合ごとに大きくなっていくのがわかりました。

今では、子供に教えられる事が多々あります。今の自分の体力と技能があの頃より向上しているのであれば、もう1回幕張で挑戦してみたいと思いますが、それにはまず先に、酒を絶ち、筋トレのウェイトを増やし、欲深い煩悩を振り払う必要があります(まだ凝りとらんな~)。

そんな甘い事を考えていたら島鉄バスがロンナー前に到着しました。(やっぱ、ヤメトコ!)。

『お疲れサッシタ~!!』

                         完